NSMemo
2008.11.02
個人サイトの存在意義
今後、個人のイラストサイトは減っていくのかな、と思った。 - 投げっぱなし日記
ネット全体の一連の流れとして大規模な投稿型コミュニティサイトに一極集中する傾向は、世紀が変わった頃から顕在化してきたわけで、ブログが普及し、mixiが認知され、そしてついにPIXIVという決定打がこの業界に降り立った。ツールも出来たんだから、あとはこの界隈も流れるままにそちらに吸収され、個人の創作ウェブサイトというのは消滅してしまうかもしれない。創作活動の拠点たる個人のウェブサイトは衰退し、作者の活動報告記としての役割しかなくなるのでは……。
そういう危惧を、一度でもあの手のコミュニティサイトに参加したことのある方なら、なんとなーく抱えている人は多いんじゃないでしょうか。
個人的には、PIXIVは今後、とても大きなくくりでいう「イラスト界」の一つの重要な要素にはなるとは思うんですが、だからといってそれ以外が消滅するとも思えない。2ちゃんねるが一般にも認知されてきて、じゃあ掲示板文化は全てそこに集約されたか、というとそれはない。これはニコニコ動画やYouTubeにおける動画文化にもいえる。
これまでより便利なメディアが登場したおかげで敷居が下がった。では既存のものがそれらに食われて消滅するかといわれれば、映画とテレビ、テレビとネット、同人誌とネットをとってしても、これまでなかったわけです。
いやまあ、ベータマックスとVHSっていうメディア戦争もあったりしますが、それは競争社会による淘汰であって、大規模な認知と定着が行われたメディアが直面する新たなメディアとのすり合わせ問題とは別問題だと思います。元になったエントリでは投稿型コミュニティサイトと個人サイトは前者の関係になるのではないかという論ですが、私からすればこの件は後者です。
最近ではむしろ、同人誌文化がネット文化に吸収されるどころか、ネットで有名になった人や作品が同人誌即売会で話題になる、といったことも珍しくなくなってきました。
新たなメディアが生まれると、それまであったメディア自体がリッチコンテンツ化するという現象がおきたりします。テレビより映画、ネットよりテレビ、ネットを利用した創作活動と同人誌による創作活動、前者より後者のほうが「リッチである」という概念は、その是非は別として、何故か不思議と定着しています。
同じ内容・ペース数を創作活動で生み出したしても、同人誌ならば印刷所に発注し、即売会に参加するべく参加費や交通費がかかったり、店に棚卸をしたり、在庫管理も必要になってくる。ネットで公開するならデータに取り込んで、アップして公開すればいい。サーバ代などはかかるでしょうが、PVが5桁以上/日のサイトでもない限りは、即売会への参加経費よりウェブサイト運営維持費が上回るということはないんじゃないでしょうかね。
かつてはそうだからこそ同人誌文化はネット文化を恐れたのだけど、何故か今はネット文化が同人誌文化の逆流現象が起きている。ネットで話題になった人やジャンルが同人誌即売会で盛況となる、というニュースもよく見かけるようになりました。その辺の仕組みは私もよくわかってないんですが、基本的に成熟した文化は成熟するほどビジネス面でも充実しているので、そのために憧れるというところじゃないでしょうか。
ビジネスに繋がるということは、つまりはそれだけ目に見える成果を得やすい仕組みなっているということ。その対価として代金なり賞賛なり名誉なりをいただいているわけですね。対価が生じるというのは、それだけ内部で循環が進み、自立できているということ。何においても停滞こそがなによりも消滅の原因である。対価が先にあるのではなく、対価が生じるほど成果のある文化だということです。
コストがかかるということはそれだけ質も求められているし、当然質も底上げらされていく。質が上がれば当然コンテンツとしての魅力が生じる。それは何も一個一個の作品だけでなく、メディア全体にもいえることなんじゃないでしょうか。コストがかかるメディアの方がよりリッチで、だからこそ選ばれる。
基本的に後続メディアであればあるほどコスト面では敷居が下がっていくので、相対的にそれ以前のメディアが持ち上げられるということはあると思います。以前のメディア自体がすぐに底上げされたわけじゃないのは確か。
ただ、後続メディアによって創作者の裾野が爆発的に伸びた中から、相対的リッチコンテンツに「憧れ」て新たな個人サイトが生まれる、という一種の新陳代謝が起きる場合も考えられる。また、現状のメディアを拠点にする人も、勢いのあるメディアに内在するPVを引っ張りだすことだって出来るはず。
いってしまえば出入り口や窓口が増えて交流が生まれただけ。それも新しいメディアが対象とするのは「これまで顕在化されなかった層」です。ROMともいえる人たちを取り込むことで、創作界全体の人口を増やしている。資源はいまだ尽きていないので、古きメディアが割を食って過疎化するということはないのではないでしょうか。
なので、投稿型コミュニティサイトが生じたことにより創作活動拠点たる個人サイトが消滅するかしないかでいえば、しない。より正確に言うなら映画とテレビ、テレビとネット、同人誌とネットの枠の中に、「投稿型コミュニティサイトと個人サイト」が入るだけじゃないんでしょうか。同じパイの食いあいではなく、異なるパイの食べあいっこが生じる、というのが今のところの見解です。
イラストならばpixiv。音楽ならmyspace。写真ならflickr動画ならyoutube。文章にだってテキスポがあるし、ゲームはちょっと思いつかないけどこれからできるか、或いは海外にあるでしょう。
これはどんな状態か?
そう、「トキワ荘」である。今や表現者はみんなデジタルなトキワ荘に住んでいるんだ。
そしてトキワ荘で育まれた才能は、世に出ることで開花し、今がある。
このエントリの根本的な間違いとして、創作者が抱く「交流したい」という気持ちの本質は「誇示したい」という強烈な顕示欲だということ。もっと注目されたいもっと見てもらいたいもっと感想が欲しい。だから交流したいし、交流しやすい場所に集いやすくなり、交流インフラが整った場所に創作者は惹かれていく。それが少し前までは個人サイトとサーチエンジンの関係性だったが、今は投稿型コミュニティサイトの検索機能というだけのこと。
創作する人種というのは、閉じこもってるだけじゃいられないやつばかりです。そもそも自身の内に留まらない、あふれ出る情熱こそが、創作表現の本質なんですからね。物を作る喜びだけに留まらず、ふとしたときに「誰かに見て欲しい」と感じた時点で誰もが同じ顕示欲にとらわれる。だから交流しやすさに傾倒しやすいというだけで、本質的には外に向けた意欲を持っている人間だと思いますよ。
余談。
個人的に今の時期に生じた投稿型コミュニティサイトに期待するのは、著作権周りの整備です。いわゆる「コモンズ」や「コモンセンス」の概念の定着を期待したい。
何も難しいことではなくて、例えばPIXIVの投稿画面に、必要事項と一緒に「この作品は他人が改造してもいいですか」「営利利用は許可しますか」「作者記名を求めますか」といったチェックボックスがいくつか並んでいる。それだけで、自然と利用者はコモンズの概念が体感できると思うんですよね。
メディアの種類が増えるたびに権利問題というのは改変を求められてきたわけで、いままさに日本のアニメ・漫画メディアはその分水嶺に来ている。権利の概念は末端にまで行き届いてこそ意味がある。そんな時期に生じ勢いのあるメディアが積極的普及に努めるというのは、今後非常に有力な布石になる可能性がある。
11月にPIXIVコモンズが発表されるという話ですが、各メディアの栄枯衰退よりも、その内容とその後の動向のほうが興味あります。どうなるのかなあ。
もっと余談。
PIXIVやニコニコ動画といった現状主流の投稿型コミュニティサイトというのは、基本的に女性向けの分野とは大変相性が悪いと思います。ここでいう女性向け=BLじゃないよ。ここで性差を持ってきたら反発ありそうな予感がしますが、実際何もかもオープンすぎるしむしろ機会平等であることを求められているので、「元を知らない人には見て欲しくないが、元を知ってる人には全力で見て欲しい」という女性独自の型を持つ顕示欲と相性が悪い。
そういう意味でも、現状最もその型に適応した個人サイトがなくなることはないだろうなとも思います。
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