NSMemo

2010.03.10

女性向けゲームのユーザーとその周辺。

Togetter - まとめ「「乙女ゲは見下されている」というのは本当か?また、本当だとしたら誰から見下されているんだろうか?」

またまたTogetterから気になる記事が。玉石混合のサービスですが、最近ぐっと面白くなってきたなあ。モバイル対応熱烈希望。

言いたいことはid:natukusaのツイートで全部吐き出しちゃったので、これはそのまとめ。「見下されているか?」という点では私個人は「ありうる」し、「誰が?」というと「誰もがありうる」だなと、元々思っていた節もあるけれど、このTogetterまとめを読んでいてますます実感した次第です。その辺はおいおい。

11日追記。ファミ通ランキングで「金色のコルダ3」の初週売り上げが出ていたのでそっち向けに修正。あと色々加筆。

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まず「乙女ゲ」もとい「乙女ゲーム」の説明から。

乙女ゲーム(おとめげーむ)は、女性向けテレビゲーム及びパソコンゲームのうち、女性主人公を操作して男性キャラクターとの恋愛を楽しむ作品の総称である。「乙女ゲー」「乙女ゲ」などと略称される。

乙女ゲーム - Wikipedia

まず、主に購買者およびプレイヤーを女性に絞ったゲームとして「女性向けゲーム」がある中で、更にその中でも、主に「女性の主人公」で「男性キャラクターとの恋愛要素を交えた交流やシナリオを楽しむシステム」を指して「乙女ゲーム」(乙女ゲ)と総称されることが多いですね。「ギャルゲー」「美少女ゲーム」と呼ばれる恋愛SLGもしくは恋愛AVGと呼ばれるゲームにおいて、主人公と攻略対象の性別を置き換えたものを想像すれば間違いないかと。

「乙女ゲーム」の中にはアダルトゲームもありますし、経験上、年齢制限はあれど呼称で差をつけることはあまりなかったように思います。一方で「ボーイズラブ」(BL)は乙女ゲームには含まれず「BLゲーム」として独立した呼称が用いられやすい。

また女性をターゲットにしたと言う意味で、10歳前後もしくはそれ以下の年齢層に向けた「女児向け」のゲームもありますが、これもまた乙女ゲームには含まれないことが一般的ではないかと。Togetterの中でも指摘がありますが「主人公が女性である」であっても、乙女ゲームにはあまり含まれない「アトリエシリーズ」「牧場物語」なども。この辺は人によって解釈に差があるかもしれませんが、ここでは乙女ゲームに含めていません。

外側

乙女ゲームの発祥については1994年の「アンジェリーク」(現コーエー)が祖と言われています。乙女ゲーム - Wikipedia 私の認識もこんなもんかなあ。ちなみに、SFCのDQ5をほぼリアルタイムでプレイした覚えが年代含めておぼろげーに記憶にある程度のゲーム歴です。

アンジェリーク自体はシリーズとして今でも新作が発売されるほどの人気タイトルですが、乙女ゲームとしてはこの後あまりぱっとしたことがなく、Wikipediaによると2002年の「ときめきメモリアル Girl's Side」(コナミ)がブレイクし、そこで一緒に「乙女ゲーム」という名称もゲーマーの間では認識されてきたなあというのは、私も実感にあります。電撃PSの祥人さん作画プリメ漫画を読みつつハァハァしながら育った程度の情報収集力です。経緯については詳しくなく、長く乙女ゲームを愛好している友人に言わせたら怒られそうなので簡単に説明だけ。

発祥がSFCからとゲームジャンルの中では比較的若く(RPG、スクロールアクション、レースゲーム、パズルゲームなどはファミコン以前には存在していたわけで)といえるでしょう。

で、実際なんぼなんよ、というわけえとりあえず売り上げスレの温情にすがってみた。

初週売り上げランキング ファミ通調べ(ファミ通.com

2チャンネルの「売上について語るスレin女向けゲー一般板 6枚目」の>>440を移植・FDを極力省いて掲載。一部参考として移植作(ときメモDSなど)も掲載します。DS効果すげえな。

直近のデータとして2010年2月26日に発売された「金色のコルダ3」がPSP(限定版含む)初週18575本、PS2(限定版含む)7925本とのこと(【ゲームソフト販売本数ランキング TOP30】集計期間:2010年2月22日~2月28日 - ファミ通.com

またこの2010年春にテレビアニメ化が決定した「薄桜鬼」が昨年9月に本編・ファンディスク・PSP移植作の合計出荷数が10万本に達したとのニュースも(『薄桜鬼』シリーズ出荷10万本達成記念プレゼント!) 「出荷数」とは生産されて各店舗やメーカーに卸した数なので、厳密には「ユーザーが買った数」とは異なります。

繰り返しますが「初週」なので現在の売り上げより更に増加されます。が、コンシューマーゲームの売り上げは初週~2週目までがピークで、その後徐々に落ちていくので相場の参考まで。

前述のPSP版「金色のコルダ3」は12位である一方で、同じPSPゲームであり25日発売の「喧嘩番長4~一年戦争~」が72923本で2位。他作品もファミ通ランキングで遡れるところまで遡りましたが、初週で当時の上位に食い込むことはほとんどなく、高くても10位前後と決して広い市場ではありません。

ちなみに、コンシューマーゲーム雑誌の性質上、ハードウェアで縦割りすることはあっても「何向けだから掲載しない」ということはほとんどなく、なのでファミ通あたりを購入している人なら「金色のコルダ3」が最近発売されたんだ、という認識は性差も年代も問わず大なり小なりあると思います。手元にある「電撃プレイステーション vol.467」においても「金色のコルダ3」攻略が掲載されていました。

初代アンジェリークの発売から15年ほど経過した今でも、存在の認知こそ進みましたが市場としては非常にニッチやなあと思う次第です。

一方で、今年の夏にゲーム化が決定した「Scared Rider Xechs -スカーレッドライダーゼクス」では佐藤大(アニメ「エウレカセブン」シリーズ構成)+pako(小説「レンタルマギガ」、ゲーム「シャイニングフォースイクサ」キャラクターデザイン)+レッド・エンタテインメント(サクラ大戦制作会社)という、「女性による女性のためだけの」とはまた違う分野からの参入・開拓が著しいと言う特徴もあります。

暗闇の果てで君を待つ(通常版)(特典無し)
暗闇の果てで君を待つ(通常版)(特典無し)

そういえばすっかり感想書くを忘れてましたが、昨年発売された脱出AVG「暗闇の果てで君を待つ」をついでにプッシュ。廃校に閉じ込められた主人公たちが、疑心暗鬼に見舞われながら脱出を目指すアドベンチャーゲームです。

男多数に女主人公一人の乙女ゲームなもんでてっきり逆ハーレム型かと思ったら、序盤からいきなり人が惨殺されるわなんだりと、お互いの疑心暗鬼に陥らせる展開を持ち込み結果的に「女主人公と男一人でペアになって行動(かなりギスギス)」させるという構造を盛り込んだ意欲作です。

また2008年に登場し1週間足らずで1万人のユーザーを取り込んだ、乙女ゲームの要素を取り込んだSNS「ウェブカレ」(求めたのはネットを使った女性の“癒し”--「ウェブカレ」プロデューサーのはまちや2氏:ベンチャー - CNET Japan)など、コンシューマーゲームの枠を抜け現在進行形で開拓を進めているベンチャービジネスにも取り入られています。

あとモバイルでの広がりが凄いよなあ。勢いを見せる女性向け恋愛ゲーム市場の動き--女性の願望を体感させるメディアとは:モバイル - CNET Japan

ちなみに売り上げでいったら乙女もBLも全部かっ飛ばして女児向けがトップと思われます。2006年の「オシャレ魔女 ラブ and ベリー ~DSコレクション~」がこんな状況→『オシャレ魔女 ラブ and ベリー ~DSコレクション~』の出荷数が100万本を突破 | インサイド。出荷数+DSバブル期とはいえ文字通り桁が違うぜ……。

ここからも見えるように、まず「女性のゲーマー」と言うと加齢共にユーザー数が極端に少なくなる傾向にあります(これは男性にも当てはまるんですが、女性は特に減り方が顕著、という意味で)

また、もともと「女の子の遊びの選択肢」というのはあまり一般的ではなく。男性ならば実際に持っていなくても男の子同士の遊びの家庭で「ゲームしようぜ!」という選択肢があったり、友人から借り受けたりとなんだかんだで機会が生じる一方で、成人女性の中で「コントローラーを握ったこともない」と言う人は普通にいるからなー。

また、女性ゲーマーだからといって必ずしも乙女ゲーに手を出しているか、というと疑問です。同じハードウェアにおいて片や50万~100万と売れているビッグタイトルがある一方で、多くて累計10万、初週1~2万本が平均である乙女ゲーム市場。元々割合として数が少ないとはいえどちらに女性ユーザーが多くいるのかというのも自明ではないかと思います。実際「ゲームハードは持ってるけど女性向けゲーム(乙女・BL含む)はやったことない」という友人知人その他実例には事欠きません。自分もほんの少し前までその一人でした。

性差、普及率によるユーザー数の差も踏まえつつ、まだまだ認知度も低く市場としてもニッチ。まずそこでネックがあるのは確かなのではないかなあと思う次第です。

内側

って書いちゃったけど、どこに境界を置くかも難しいなあ。

さっきもちょろっと書きましたが、ゲーム雑誌においては「何向け」という差がなくギャルゲも乙女ゲもBLゲーも、そのハードウェアで一定の広報規模なら一冊の雑誌に出稿されているので、「存在を知っている」という意味でならファミ通を定期購入してれば男子中学生でも「内部」に含まれそうな予感。

その辺も念頭に置きつつ、ここはざっくりと「女性向け文化を内側」として梶を切ります。

最初の定義でも書きましたが、まず「女性向け」のでも「乙女(アダルト含む)」「BL(アダルト含む)」「女児向け」(+女主人公だけどなんか違う系)と方面は多岐に渡ります。「外側」で書いたランキングでも、BLと女児向け(とアダルト)は除外しました(調べきれないというのもある)

この中でも「乙女」「BL」と「女児向け」ではまず対象年齢がはっきり差が出ます。前者が広く見積もっても10代~30代、後者は10代以下。

では同じユーザー層が集中する「乙女」と「BL」の違いは? というと、乙女ゲームは「男性と女性の関係性を中心としたゲーム」でありBLゲームは「男性同士の関係性を中心としたゲーム」というモチーフの差が明確にあります。が、一方でしばしば見分けに困るのも事実。

咎狗の血 True Blood(通常版)薄桜鬼(限定版)

左は大ヒットしたBLゲームのPS2移植版「咎狗の血 True Blood 公式ホームページ」(ニトロプラスキラル)、右は先ほどのランキングにも出てきたPS2の乙女ゲーム「薄桜鬼」。

乙女ゲームにはアンジェリークからネオロマンスに続く少女漫画然とした線の細い繊細な絵柄も根強い一方で、少年・成年漫画そしてBLからの潮流と思われる耽美ながらシルエットががっしりした絵柄も人気です。このお二方は特に絵柄が近いこともあってか、棚に並んでたらちょっと見分けに困るなあという気持ちは正直わからんでもないなあ。

(ちなみにカズキヨネさん(薄桜鬼キャラデザ担当)と倉花千夏さん(旧PNたたなかなさん。咎狗の血キャラデザ担当)はいずれも漫画雑誌「avarus」の表紙担当(だった)という共通した経歴も)

(最近の絵柄といえば、pakoさん(スカーレッドライダーゼクス)、カズアキさん(Starry☆sky)、前田浩孝さん(Vitaminシリーズ)などなど、やはり少女漫画の潮流とは異なる流れが入ってきている印象があるなー。ちなみに倉花千夏さんはPSPの乙女ゲーム「うたの☆プリンスさまっ♪」でキャラクター原案で参加されてます。やっぱり皆好きよね、こういう絵。私も私もー!)

文化的・市場的には近しいところで互いに影響しながら、しかし明確に異なるコンセプトを基幹においているため、しばしば混同される傾向にあるわけで。一方で「こっちはいいけどこっちは絶対ダメ」という趣向を持つ実際のユーザーも珍しくありません(もちろん「どっちも!」というハイブリッドな人も多くいます)

そのため、両者の間に足を伸ばせば余裕で超えられるけど、底が見えないくらいに深い溝のようなものを時折感じることもあるにはあります。

実態の一部

私の人生全てを振り返ってみて、実際に面識のある人で女性で乙女ゲームをプレイした人間というと、多分10人はいない(もともと標準より友達が少ない人間です) 類は友を呼ぶということで、ゲーム自体には親しみがありつつ、どちらかといえば普段は乙女ゲームに触れない、他ジャンルに比べると触れた経験が少ない人が大半くらいの割合。

そういった人たちと対話を重ねるうちに、乙女ゲーム経験者かどうかはさておき、オタクなら、その中でも女性のオタクであるという自覚のある人なら、ある程度「女性向け文化」に包括される前述の要素に伝聞以上の接触を重ねている場合が殆どだったように思います。友人が好んでいた、ウェブで見かけた、同人誌を見たなどなど、「聞いたことがある」以上の経験は誰しも持っていたなあ。

で、そういった積み重ねから「どーしてもぜったいダメ!触りたくもない!」「嫌いじゃないけど実際に見たら『うっ』となる」「どんとこい」「なんともない」「大好物です><」などなど、『各々の』要素に対して様々なグラデーションが存在する。ここら辺はあまりに個々人の趣味で、正直ここには一定の傾向は見られないなあ。ほんと人それぞれの趣味としか。

共通してるなと感じるのは、「接触があった」を踏まえて「その上でここにいることを選択する」ということ。それらを好むにしても嫌うにしても距離を取るにしても意識しないにしても、メリットやデメリットもある程度飲み込みつつ、「でもここにいる」としている。その上でどうすればいいのかと「知っている」なと。

何に限らないのだけど、「何かを好んでいる『から』拳を振り上げる人である」なんてことはないわけで、拳を振り上げるには拳を振り上げる理由があって拳が振るわれるわけですよ。で、その女性向けゲーム界隈では拳を振り上げたくなる理由というには事欠かない。けれど幸いなことに、私が出会ったことがある人は、それぞれに心のグラデーションを備えつつ、「拳を振るわないという選択をし続ける人」でした。

当たり前のように思いますが、当たり前なんですよねえ。

だいたいそんなもん。

終わりに

Togetter記事に関しては、もともとの意図としては意見収集の側面が強いようですが、タイトルが「本当か?」とあるので、「嘘か本当か」という判定が微妙に混じるのが正直怖いなあと。それによって誰かの中で、もしくはどこかで「嘘か本当か」が暗に決定付けられたりしないかと、それが怖い。

「具体的な物証がない」という意味では起点になったという議論というのも、そしてこのツイート群も同列なわけで。この2点でなんらかの解釈に差が出たとしたら、「どちらにおいても」その時の空気と気の持ちよう一つだよなあと。

まだ若いメディアなもんでまず認知度が低いし、社会的な規模で観測できるような実体はまだないでしょう。「となりの乙女ちゃん」はまだ出てないし(※この名称は特定の個人、団体、企業、漫画とは一切関係ありません※) 実体がないのだから「実際に矛が振るわれる様」を多くの人、社会的に観測されたかどうかでいったら、ない。

(社会的な観測が行われるということは、個人レベルで「矛が振るわれる様」が積み重なり一定数集まったとき、ともいえるわけで。個人的にはそれを望むところではないし、できれば社会的な意味で存在確認されることは(決して隠匿の意味ではなく)未来永劫ないほうがいいなあ)

しかしながら、これらのTogetterで並んだツイート群の語尾に、誰かが「キモい」とかいう旨を付加すれば、あっという間に「見下すための矛」の出来上がり。本当の意味で「見下す要素など皆無」ならば「想像もつかない」「なんでそうなるの?」等の意見で占められるだろうしなあ。

「キモいにつなげることが出来る論という矛」がこれだけ集まっているのならば、「この矛を誰かに向けて振り下ろすという選択肢」が過去に執行された事実がないとは否定できない。特に個人レベルの小規模なケースの場合は、執行にかけるリスクも低いので、ちくちく血が出ない程度に矛先でつつかれたくらいになると「本当」である率もあがるんじゃないでしょうか。

「見下す」という定義において、「矛が振るわれた様を社会的に認知できる域にあるかどうか」とい意味では「嘘に等しい」。一方で「見下すための矛自体」は「本当にある」と私は思います。

「なんとなくこういうことなんでは」というツイートが集うあの場において、例え意図(=意見募集)があるとはいえ、その質問の発し方のために「嘘とする」「本当とする」に帰結しやすい。そうやって導き出された「何か」は、質問の意図からも、また「見下されているのか」という疑問からも、本質を見失わせることになるんでないのかなあと、危機感を抱いた次第です(10日午前にごちゃごちゃ言っていたのはこのへん)

ちなみに。

男性的な文化圏内でユーザーたちが「見下されてるかどうか」でもめることがないとか、まさかまさか。これに関してはぶっちゃけはっきりした物証あるわ。少なくともこのPCのHDDには、2chのゲーム関連板の各作品スレログがあるからなあ。まあ公開はしないが。

「○○ジャンルゲームこそ至高」「○○こそ真のメインヒロイン」「プレイ動画は邪道/買ってる奴は負け組」などなど、この程度は序の口で、公式や市場統計などから一定の見解が発信されれば、それが肯定であっても否定であっても鬼の首を取ったように「○○厨死亡www」の応酬が始まり、縮み上がる一部の人、それらに反感を覚えて声を上げる方々との論争の歴史なんていくらでもあったわけで。

ゲームもしくはゲーム内の何らかの要素を気に入らず、徹底的に罵倒し圧倒し踏みにじっていく輩なんてどこにでも発生していたし、またその原因となりうるだろう軋轢および感情の応酬は、ネットの触れてようやく10年経ちますが、その間ほぼ全期間においてコンシューマーゲーム界隈っつー、実にホモソーシャルな文化に身をおいていた間に、実感と実体と記憶にはことかかなくなりました。

明らかな論争とまでは行かないが、公式に男性ユーザーの割合が多いゲーム作品であってもアンチスレだとか、「同シリーズ作品でもこっちはいいけどあっちについてはアンチスレ」も現実に存在し、同じ作品のユーザー内であっても目には見えるけれど締め付けはしない程度にゆるやかな抑圧といったものも、現実には溢れている。

モチーフや経歴、また規模や見え方が違えど、そういった「見下すか見下されるか」という軋轢はいつの間にか生じるし、そこからなんらかの感情が生まれ、時に暴走し周囲を圧倒し、その結果どこかが息苦しくなってしまうのは、性差も文化圏も関係あるとは思えない。ゲームに限らずこの原理はあまりに普遍的なようで、どこにいたって「矛がある」ということは他人事じゃないわなあと思う次第です。

もし、傍からは上手くいっているように見えるならば、何を好んでいるか嫌っているかではなくて、やはりなんらかの形で「それを振るわないという選択肢」を維持しているからなんではないでしょうか。

余談

三人称視点とか一人称視点の違いという切り口も考えましたが、よー考えたら別にそれ今それいらんなあと思ったのと、あと長いからもう……だめ……だ。

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